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3月17日:積雪のためスタッドレスタイヤをご利用ください

国宝殿/比叡山ウェブ

国宝殿

「国宝殿」の名前は、伝教大師最澄筆「山家学生式」(さんげがくしょうしき)の中にある「一隅を照らす、これ則ち国宝なり」という言葉から名付けられました。
仏教美術をテーマとして常設展を中心に、年間を通じて春季・秋季特別展を企画し、適宜作品を入れ替えながら展示公開を行っている宝物館になります。

華開寺/比叡山ウェブ

華開寺

日本の浄土教の祖と称される比叡山横川恵心院の名僧恵心僧都源信により天元元年(978)に開創されたと伝えられています。
近くにある飛び地境内の虚空蔵堂には虚空蔵菩薩が祀られている。秘仏のため非公開だが、毎年8月13日はご開帳し法要が執り行われる。

西教寺/比叡山ウェブ

西教寺

聖徳太子により創建されたと伝えられる天台真盛宗の総本山。
久しく荒廃していたが、 室町時代に慈恵大師良源上人によって復興され、その後、真盛上人が堂塔と教法を再興して戒律・念仏の道場となり、現在に至るまで絶えることなく念仏が唱え続けられている。

戒壇院/比叡山ウェブ

戒壇院

最澄の志を受け継ぐ僧侶が受戒(規律)を受け正式な僧侶となるための儀式が行われる、比叡山内で最も重要なお堂。
最澄は晩年、比叡山に戒壇院の設立を目指したが、没後7日目に朝廷から勅許が下り、5年後に建立された。
現在のお堂は1678年復興のお堂と伝わっています。

根本如法塔/比叡山ウェブ

根本如法塔

慈覚大師円仁が横川にある根本杉のほこらの中で始めた法華経書写が起こり。
その写経などを納める堂として造られたのが根本如法堂。のちに、この根本如法堂跡に多宝塔の如法塔が建立。数々の仏教経典を書写したものを納め安置されている。

にない堂/比叡山ウェブ

にない堂

同じ形をした二つの堂が廊下で繋がっている。左が常行堂―四種三昧行のうち常行三昧を修す阿弥陀如来を本尊とする堂。右が法華堂―法華三昧を修す普賢菩薩を本尊とする。

弁慶が両堂をつなぐ廊下に肩を入れて担ったとの言い伝えから、にない堂とも呼ばれる。
国重要文化財に指定された、苔と調和した美しいお堂。

国宝殿・椿堂/比叡山ウェブ

椿堂

かつて厩戸皇子(聖徳太子)が比叡山に登られた際に、常に護持しておられた観
音像を安置して建てられたのが始まりと言われています。
お堂のそばに杖として使われた椿の枝をさしておかれたところ、その椿が芽を出
して大きく育ったとの伝説から椿堂と呼ばれるようになりました。

釈迦堂/西塔エリア

釈迦堂(転法輪堂)

西塔エリアの本堂が釈迦堂(転法輪堂)であり、本尊は「釈迦如来」(しゃかにょらい)。釈迦如来は歴史上実在した仏陀であり、「過去において悟りを開いた存在」として、過去を象徴する。
釈迦堂は、延暦寺に現存する建築中最古のもので、豊臣秀吉が文禄四年(1595年)に三井寺の金堂を西塔に移築したものです。

恵心堂/横川エリア

恵心堂

『呪術廻戦』で名が登場する源信が、1000年前にこの堂にこもり、日々苦悶し『往生要集』を書き上げた。
宗祖最澄が広めた天台宗を中心とする平安仏教から、鎌倉仏教への架け橋となった無二の名著『往生要集』。
この大著は、1000年前に源信がこの堂にこもり、日々苦悶し書き上げた。歴史・宗教的の舞台であり、世の安寧を願った魂が宿る場所。

根本中堂/東塔エリア

根本中堂

根本中堂は比叡山延暦寺の総本堂です。宗祖伝教大師(最澄)が延暦7年(788)に一乗止観院として創建し、伝教大師が自ら刻んだといわれている秘佛本尊薬師瑠璃光如来がまつられています。
薬師瑠璃光如来の前には開創以来1200年間消えることなく「不滅の法灯」が輝いています。この須弥壇のある内陣が参拝者がお参りされる中陣・外陣より低い位置にあり、天台様式とも呼ばれます。
仏像や法灯が参拝者の目の高さに合わせているのは、“仏も人もひとつ”という仏教の「仏凡一如」の考えを表しています。
根本中堂改修工事に伴い、本尊の御前立・薬師如来像と「不滅の法灯」は萬拝堂にて特別奉安されています。

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